読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

おすすめのレトロゲームを語る「ドラゴンクエストⅡ」

ゲーム
広告

人気記事セレクション ︎ニンテンドースイッチ実機レビュー。携帯機とは思えない圧倒的グラフィック。
ニンテンドースイッチとPS4はどっちを買うべきか?本気で比較してみた
フリーゲーム おすすめの名作RPGを紹介!

「ちょっと古いゲームでもやってみようかな」という人のために、
おすすめのレトロゲームを紹介していこうと思う。

俺にとっての思い出のゲームたちについて語る。
きっと同じ思いを抱えた人がいるはずだ。
そんな人はぜひコメントしてほしい。

今回扱うのは「ドラゴンクエストⅡ」。
f:id:sakini_itteyo:20170406232514j:plain
(出典:http://www.jp.square-enix.com/dqsp/dq2/)

FC版は高難度で知られるが、俺がプレイしたのは4歳の時だった。

ドラゴンクエストⅡ 悪霊の神々

発売日は1987年なので、おそらく初プレイ時は発売から1年ほどが経過した時点か。
当時実家にはファミコンはなかったので、もっぱら週末祖母宅に泊まった際に遊んでいた。

今から遊ぶならスマホ版が手軽だが、おすすめしない。
スマホ版はドラクエⅡをプレイすることの意味を無くしてしまっている。
初見であれば攻略サイトも厳禁だ。

高い難易度

情報が少ないことによる謎解きの難解さもさることながら、
ドラクエⅡは戦闘の難易度も高い。

仲間は正直攻撃力不足だし、
それに引き換え敵の方はこれでもかと数が出てくる。

序盤など、一人で8体もの敵と戦うこともしばしばあるのだ。
バランスが悪いと言ってしまえばその通りだが、
簡単に勝てないからこその戦闘の緊張感は間違いなくある。

プレイヤーが操ることになる主人公は次の通り。

主人公たち

ローレシアの王子

最近の傾向として、
主人公といえばオールマイティで、
直接戦闘も攻撃魔法も回復も、
なかなかの水準でそつなくこなす、そんな主人公が多い。

これはおそらく、プレイヤーの分身たる主人公の能力が偏っていると
遊び方の選択肢が狭まる、とかそういう要求があるからだと思う。

が、ドラクエⅡの主人公は違う。
主人公といえる「ローレシアの王子」は魔法を全く使えない。
完全な脳筋なのだ。

戦闘方法は直接攻撃か、防御するか、道具を使うかしかない。
とにかくガチンコである。

前作であるドラクエⅠでは、
名前の付け方によってある程度の傾向があるものの
比較的オールマイティな能力を持つ勇者(一人旅なので当然だが)であったことを考えると
なかなか思い切った設定である。

ドラクエⅡは「3人パーティでの戦闘」がテーマなので
役割が極端になるのはわかるのだが…

有名な裏技を使うと、
初期からほぼ最高レベルで敵を屠りだす「破壊神を破壊した男」

サマルトリアの王子

そこそこの武器防具を身につけ、
そこそこの攻撃・回復呪文を使うことのできる魔法戦士。

今風に考えるとまさに主人公と言える特色だが、
いかんせんすべてが中途半端。

序盤は良い。
ローレシアの王子が使えない回復呪文を唱えることができるので、
すごく頼りに思える。
力は弱いが、2人パーティのうちはそれでも大事な仲間だ。

しかしながら彼の見せ場は序盤のみ。

後半に行くに従って力不足が目立ち始め、
最終的には力の盾(ベホイミの効果)を上げ下げする係になる。

何せ火力が足りない。
ベギラマで敵グループを攻撃できるが、威力が中途半端すぎて、
ローレシアで一匹ずつ倒しているのと効率があまり変わらない。
(しかしMPはしっかり減る)

回復呪文もムーンブルクのそれに比べると半端なので、
基本ムーンブルクのMP温存のためのMPタンクになる。

装備もはやぶさの剣が最強の武器。
そもそも力が弱いので、なんとも微妙な攻撃力になる。
(裏技で「はかぶさの剣」にすれば強いが)

リメイクでは装備できる武器が増え、
そこそこ使えるようになったが…とにかくFC版ではいらない子。

しかし使えないからこそ愛される、それがサマルトリアの王子だ。

ムーンブルクの王女

完全魔法専門職。
初期状態でベホイミを唱え、その後も協力な呪文を覚える。

とはいえイオナズンを覚えるまでは、
基本的にアタッカーはローレシアのみで、
それを回復呪文で補助する役割になる。

打たれ弱いので割と常に防御しているイメージ。

呪文の特性を活かす知識をプレイヤーが得たとき、
攻撃も回復も一手に引き受ける頼れる仲間になる。

ムーンが死んでしまってサマルのザオラルで生き返らなかったら、
とりあえず帰還を考えるレベルで不可欠。

何が面白いのか

まず、ドラクエⅡは不親切だ。
次に行く目的地は意図的に曖昧にされていることが多いし、
情報は次の目的地に限らず、しばらく後でしか役に立たないもの多く出てくる。

わかっている状態であれば「あーはいはい」でわかるようなヒントも
初見の状態だとどれが目的とする情報なのかわからないはずだ。

様々な選択肢から自分で考えて、道を切り開いて行くのだ。
つまり、「ドラクエⅡはオープンワールド的なゲーム性を持っている」と言える。

ゼルダBOWをやるときに、攻略フローチャートを見るだろうか。
とりあえず行ける限りの場所を探検してみないか?
ドラクエⅡって、そんな感じだ。

戦闘もダンジョンの探索も、次の目的地を探すことすら
簡単にはいかない、だからこそそこに「冒険している」感覚が生まれる。

2DのRPGであるし、見栄えはしないが、
ゲームとしての魅力は素晴らしい。

確かにクソゲーかもしれないが、愛すべきクソゲーなのだ。